題・あやめの長い1日

7月14日(水)

「いってらっしゃいませ」
 彼を戸口に送り出し、にっこりと微笑む。
 静かに閉まる扉にまだ微笑み続ける。
 カンカンとアパートの階段を降りる音が遠ざかる
のを聞いて、彼がちゃんと学校に向かった気配を確
かめた。

「……ご無事にお帰りくださいませね」
 そうひとりつぶやいて、さて、きりりと割烹着を
締め直す。

 朝霧あやめ。
 地元の名家の生まれで、和服の似合う、清楚で古
風な少女である。
 それだけでも今時珍しい。
 が、さらに珍しいことに彼女は享年15歳の――
幽霊だった。

 あやめは大正期の震災で命を落とし、以来76年
余、世を彷徨っていた。……想い人と添い遂げられ
なかった、その未練を残しながら。
 しかし今、かつての想い人――に生き写しなひ孫
と再会し、そのまま高校生である彼の部屋に住み着
いて、もう3週間あまりになる。

 さて、あやめは彼の為に家事をしようと思い立っ
た。ではまず……
 

洗濯をする
洗い物をする