「お夕飯の用意をしませんと」
 そうつぶやいて台所に向かった。

 冷蔵庫を覗く。いつも味噌汁の具になるものだけ
は必ず用意してあるのだ。
 逆に言えば、他はありあわせのもので作るしかな
い。
 そして今、冷蔵庫はカラに近かった。
「困りましたわね――」

「あやめさん、いるぅ?」
 コンコンとノックがした。知った声だ。
 扉が開く。合鍵を使って入って来たのは大家の娘
である、鳴海理央だ。

「あら、理央さん。いらっしゃいませ」
 あやめは丁寧にお辞儀をした。
「こんにちわー、あやめさん。んと、今からご飯だ
よね?」
「はい、そのつもり……だったのですが……」
 あやめは言い淀む。

「あー、やっぱりー。ハイこれ」
 理央は買い物袋を差し出した。
「そろそろ食材切らしてるんじゃないかなー、って
思ったから、買ってきたんだよ」
「まぁ、わざわざ……ありがとうございます」
 あやめが深々と礼をすると、
「あ、だってさ、あやめさん買い物行けないじゃな
い? だからその……気にしなくていいよぉ〜」
 と理央は照れまくった。

「帰ってくるまでまだ時間ありそうだし、あたしも
手伝ってくよ」
「本当ですか? では少し、お願い出来ます?」
「もっちろん!」
 和気藹々と、ふたりは台所に向かって行った。

 やがて数十分が経ち、食卓の準備も整ってきた。

「この味付けって不思議なのよ。あたしもうちで、
あやめさんに教わったようにやってみたけど、うま
く出来なくて」
 あやめの得意の味噌汁を、理央が味見している。
「あら理央さん、わたくし別に特別なことは何もし
ていないはずですが……調味料も理央さんに用意し
て頂いたものばかりですし」

「んー、でもなんか違うのよねぇー。なんだろう、
やっぱり愛情の差なのかなぁ……うーっ」
 理央はそう言って、困ったようにもじもじした。
「何かおっしゃいました? 理央さん」
 あやめはそんな理央の思案に全く気付かず、きょ
とんとしている。

「えーっあー、なななんでもないっ。あ、お洗濯物
まだ取り込んでないよねぇ、あたしやっとくー」
 手を振って誤魔化しながら、理央は窓のほうへと
走っていく。

 そして、
「お日様の匂いがするよー」
 と言いつつ、理央は抱えてきた洗濯物をさっさっ
と手際良く片付け、一通りそれが済むと帰っていっ
た。

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