夢を見ていたらしい。
 覚えてないけど、不思議で切ない夢だったようだ。
 目覚めても何か、胸に残っている気がしたから。

 高校生活3年めの6月。
 親の転勤に付いて行かずに月夜野に残った俺はひ
とり、平穏で退屈な日々を送っていた。

 …………はずだったんだけどな。

 ――朝霧あやめ。
「おかえりなさいませ」
 正座して深々とお辞儀、三つ指ついてのお出迎え。
 明治生まれの大正育ちで、深窓のご令嬢。
 ふとしたきっかけから同居を始めた彼女は……幽
霊だ。

「あなたの側にいるだけで……わたくし、幸せです
の」
 震災で命を落としたあやめさんは、俺のことを、
俺のひいじーさんと間違えているらしい。
 要するに、ひいじーさんの恋人(当時)だったっ
てコト。
 お嬢様育ちのあやめさんは、じーさんの為に家事
の猛特訓をしていたらしく……。
 今では俺が、そのお世話になっている訳だ。
 悪い気はしないけど……なんで俺が。

「あなたの行くところでしたら、わたくし、どこへ
でも参りますわ」
 そんなこと言われても……。
 しかし、あやめさんは、もう長く地上にいられな
いらしい。地上に未練を残したまま力の弱まった魂
は、消滅してしまうのだと、霊能者の保さんが言っ
てたな。
 日に日に薄くなっていく姿に、いたたまれない気
持ちだ。
 俺たちがこうして出会ったのもなにかの縁、成仏
ってヤツをさせてあげたいけど、どうすればいいん
だろうな?

 ――朝霧南。
「あ、それじゃ、ガンガンデートしちゃうってのは
どう? あやめさんの『未練』を無くさせてあげる
のよ」
 うーむ、身を切るような発言だ。
 って、俺が? あやめさんと?

「あやめさんはあなたの恋人でしょう? 確かに生
前の話かもしれないけど、この世に迷ってるんだっ
てあなたが騙したせいなんだから、責任くらい取り
なさいよ」
 だーかーらー、それは俺じゃないっての……。
 ある日コイツが、こう言って怒りながら、あやめ
さんを家に連れて来たんだ。

 南の奴、まったくいい迷惑だ(あやめさんは悪く
ないけどね)。初対面の俺をそんなに怒鳴りつける
んじゃねーよ。
 だいたい日中に、幽霊のあやめさんを連れて歩く
のは無理なんだぞ。
 どうやってデートしろって言うんだっ。
 ひとごとだと思いやがって……。
 と、思ってたら、とんでもなかった。

「――あやめさん、来て!」
 南が呼ぶと、あやめさんの姿が南の中へと吸い込
まれていく。
 ……憑依。乗り移り。霊媒体質。
 南は、血縁者であるあやめさんに、その身体を貸
すことが出来る。
 どういう風になってるのかわからないけど、実際
目の前でそれが起こってるんだから認めるしかない。

 ――坂上葉月・美雪姉妹。
「なかなか興味深いな」
「デートの邪魔しちゃダメだよ、美雪」
「興味深いのだが……葉月」
「ダメだって」
 こいつら双子なんだ、顔以外は似ても似つかない
けどな。

 髪の短いのが坂上葉月。俺のクラスメイトで気兼
ねない付き合いをしてて、親友のひとりと言える。
 葉月は合気道部の主将を務めている。腕も確かで
部員の信頼も厚い。ただ、小うるさい女子の取り巻
きにいつも囲まれてるってのは……ちょっぴり問題
あると思うぞ。
「モテない言い訳は聞き苦しいな〜」
 ……うるせーっお前、あやめさんを見て腰抜かし
たのバラすぞっ?
「わっ、それ内緒だって言ったじゃないかっ!」
 はっはっは、これでおあいこってとこだな。

 髪の長いほうは、葉月の妹で坂上美雪。
 美雪は実験癖があって、よく化学室に篭ってブツ
ブツ言いながら、訳のわからない実験を繰り返して
いる。しかも時々、ドカン!! と音が……。
「私は、自分の眼で確かめた事象を優先的に信用す
るタイプだからな」
 だからってそんな近所迷惑な……。
「別に私は迷惑だとは思わないが」
 はぁ……どうすりゃ解って貰えるんだろうな。
 やっぱ、みんなが言うように、コイツ変人だよ。

 ――鳴海理央。
「ねぇねぇ、ちゃーんとゴハン食べてるぅ?」
 ……唐突だな、おい。
 お隣の不動産屋(というか大家)の娘で、ご近所
付き合いも長い。いわゆる幼馴染みってヤツだ。
「ほらーっ、片付けないと部屋がゴミ溜めじゃない
のぉ」
 内気で引っ込み思案なクセして、俺には口うるさ
く、やたら世話を焼きたがるんだよな。
 ま、『内気で引っ込み思案』は最近始めた演劇で
直りつつあるみたいだけど。

「……あ、でもあやめさんが何か困ってるようだっ
たら……言ってね」
 遠慮してるのかな……最近、あんまり家に来なく
なったのは。
 あやめさんが家事をしたがってて、でも現代の道
具の使い方が判らなくて参っていた時、理央がフォ
ローしてくれた。あの時は助かったぜ、理央。

 ――笹川早苗。
「そうね、いつも助かるわ」
 いえいえ、どういたしまして。
 彼女はバイト先の花屋、『苗』の店主。
 早苗さんはフラワーアレンジの名手で、地元でも
評判が高い。優しくて美人だし……。
 かく言う俺は植木運びとか、力仕事要員だ。
 釣り合い、取れないよなー。

「ほんと、これだけ頑張ってもらってるんだから、
サービスしないとね」
 いやぁ、いいんですよ、早苗さん。
 ……なんか照れるな。ははは。
 ちょっぴり陰のある大人の魅力ってのに、俺はク
ラクラ来てしまう。
「あら……、大丈夫? 顔が赤いわよ」
 いえ、平気です……。

 ――笹川あさみ。
「あーッ、早苗ばっかりズルい! 兄ちゃんはあさ
みのモノなのにー」
 おいおい。
 『苗』の娘で小学生5年生。
 はきはきというか、ちゃきちゃきというか、とに
かく活発な感じがする。
 活動的なのはいいが、お陰で振り回されっぱなし
なのが実情だ。

「あさみはねっ、兄ちゃんの恋人だよ! お嫁さん
になるんだよっ」
 勝手に決めるなっ!
 だいたいホントにそんなコトを決めたりしたら、
俺はアヤしいお兄さんでヘンタイってことになって
……って、何言ってるんだろうな、俺は。
 とにかく、今はダメだ。

 平坦な日常の中に現われた、「あやめさん」とい
う存在。
 ただ、彼女との暮らしが、俺にとってあたらしい
日常になっていく。
 そんな気がしていたんだ……。

 ――まぼろし月夜――

##

こばなしトップページに戻る