うーん、やっぱ気になるなぁ。
葉月は、合気道部の練習で、道場の方にいるはず
だ。行ってみるか。
葉月は道場の前につまらなさそうにつっ立ってい
た。
「よう、葉月」
「あ、隆史」
「どうしたんだ? 放課後になってずいぶんたつの
に制服のままなんてどうしたんだ?」
「うん、それがさ。ちょっと部内でトラブっちゃっ
てさ」
「ああ、また佐藤の旦那と、山田とかいう奴?」
「うん、そうなんだけど、今回はちょっとばかし深
刻でね」
葉月率いる合気道部は、みんな協力的でいい奴ば
かりなのだが、前身の柔道部からそのまま移籍され
てきた部員の中には、ちょっと危ない奴もいる。
その筆頭が山田とかいう奴で、いつも正義と熱血
で生活している佐藤の旦那(っていっても同級生だ
が)とは犬猿の仲で今までも何回か騒ぎを起こして
いる。
「ふうん。一体なにがあったんだ?」
「うーん、まだよくわからないんだけど、発端はド
ラマの話題らしい。ほら、最近はやってるワイルド
何とかいう奴」
「ああ、快速貴公子ワイルドスピンな」
「そう、それそれ。それでさ、すいとんに肉を入れ
るのは邪道だって話になってさ」
「は?」
「あっと、ほら、あのドラマって飯時にやってる
じゃん。どうやらふたりとも夕飯はすいとんだった
らしいのさ」
「は、はあ」
「それでなんか、おまえのような奴には渡せんとか
騒ぎはじめて……」
「何をだよ、おい」
「それは知らないんだ」
「そうなのか」
「うん。それでこれからふたりを呼び出して、もう
ちょっと詳しく話を聞こうかと思ってね」
「へえ、なるほどねえ。あ、そうだった。そういや
お前が俺を探していたって竹田から聞いたんだけど」
「ああ、そうそう! 忘れるとこだった!」
「葉月先輩!」
割り込むように大声を出しながら、校舎の方から
女の子が走って来た。
「葉月先輩、今日のこと部員全員に伝えました」
「ご苦労だったな、南。ほんと助かったよ」
「いえ、いつでも言ってください!」
葉月に南と呼ばれた娘は、俺と葉月にペコリと頭
を下げると、来たときと同じように走り去っていっ
た。
「……後輩?」
「そ、朝霧南、1年だ。手ぇ出すなよ」
「するか! で、俺に用事って何だ?」
「ああ、そうそう。お前、すいとんに肉って邪道だ
と思うか?」
「……はぁ?」
「いや、ほら。一応すいとんの話から騒ぎに発展し
たわけだし。一般の基準ってのも聞いとこうかなと
思って」
「……あのなぁ」
「うんうん」
葉月は嬉しそうにメモを取る体勢をした。
「……お前はどうなんだよ」
「え? ウチ? うーん。ウチはさ、鶏がらでスー
プは取るけど、めったに肉は入れないかな。けど、
肉を入れるのが邪道かどうかっていうと、なんかピ
ンと来ないんだよねぇ。第一、鶏がらでスープを取っ
ているわけだろ? だからさ、どちらかっていうと
……」
葉月は、なんとも嬉しそうにしゃべり出した。
「あー、もういい」
「へ?」
「えーっとな。一般の基準てものを教えてやる」
「あ、うん。頼むよ」
葉月は嬉しそうにメモを取る体勢をした。
「一般ではな……」
「うんうん、一般では?」
「すいとんなんかにこだわらないんだって!」
「えぇっ!?」
そう言い捨てると、俺はその場からさっそうと姿
を消した。
取り残された葉月が気がかりだったが、知らない
ものは知らないのだ。
しかし、高校生にもなっても、それのために騒ぎ
が起こる料理か……。
きっととてもおいしいに違いない。
世の中は広い。そんなものがあったのか。
……今度、理央にでも作ってもらおうかな。
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