そういや、今週のバイト、風邪で休んじまったか
らなぁ。
 早苗さんにちょっと挨拶にでも行って来るか。

 てれてれと駅までの坂道を下り、月夜野商店街に
足を踏み入れる。
 月夜野商店街は、大手のチェーン店などがあるわ
けではないが、各種小型店舗が乱立し、とりあえず
安く何でもそろうのがいいところだ。
 実はここの商店街の『苗』、俺のバイト先なんだ
よな。
 俺は力仕事全般担当だが、店主の早苗さんはこの
辺りでは評判の、フラワーアレンジの名手だ。
 早苗さんはいるかな?

「あ、早苗さん、こんにちわ」

「あら、たかし君。風邪はもう治った?」
 鉢植えにじょうろで水をあげている早苗さんが振
り返ってにこやかに答えた。
「ええ、もう全然大丈夫ですよ。何か手伝いましょ
うか?」
「いえいいわ。それより、葉月さん見なかった?」
「葉月? さあ。何かあったんですか?」

「ええ、葉月さんからお花の注文があったんだけ
ど、約束の時間を10分も過ぎてるのよ」
「へえ。約束を破るなんてあいつらしくもない」
「そうなのよ。もしかして何か事故にでも遭ったん
じゃないかって心配してたのよ」
「うーん、だけど救急車のサイレンも聞こえないし
……あ、部活に熱中して時間を忘れてるんじゃない
ですか?」
「ええ、そうだといいけど」
 早苗さんはちょっと顔をしかめるながらつぶやい
た。

「ところで、葉月の奴、何を注文したんですか?」

「赤いバラを5本、バラでね……」
「へえ、バラをねぇ。あはは、月曜にでもからかっ
てやろうかな。……って、早苗さん?」

「ばらを……バラ……っと……」
「…………」
「…………」
「ええっと……。帰ります」

「えぇーん、待ちなさぁい、給料下げるわよぉ!」

 俺は早苗さん得意の突発的ギャグから退避するよ
うに、足早に退散したのであった。

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